突然の病気の診断。仕事を続けるべきか、それとも辞めるべきか——。多くの方がこの選択に悩みます。しかし、近年は「治療と仕事の両立」を支える制度が整ってきています。2026年4月からは、企業の「治療と仕事の両立支援」が努力義務になりました。これは、働く人が治療を続けながら仕事を継続できるよう、企業に配慮が求められる時代になったことを意味します。

この記事でわかること

  • 「迷惑をかける」という遠慮は、必ずしも的確な判断とはいえない
  • 各種制度を利用し、働き方を調整すれば、無理なく働き続けられる場合がある
  • 両立相談の専門家「治療と仕事の両立支援コーディネーター」が増えている
  • 職場に訪問して企業に制度や環境整備のアドバイスをしてくれる相談先がある

目次

  1. 治療と仕事の両立の現状とこれから
    1. 通院しながら働く人は40%以上
    2. 退職を選んだ人は、早期に退職を決めている
    3. 仕事を辞めない選択肢がある
    4. 会社もあなたに辞めて欲しくない
  2. モデルケースで学ぶ「両立」への道のり
    1. 大腸がん治療から職場復帰を果たしたA子さんの場合
    2. 事例からヒントを得られる
  3. 無理のない両立を叶える!治療と仕事の両立を支える制度一覧
    1. 治療に専念する時間をつくる「休職・休暇制度」
    2. 身体の負担を減らす「働き方」の制度
    3. 治療費や収入減の不安を安心に変える「お金の制度」
  4. 治療と仕事の両立に向けたスムーズな相談のために専門家を活用しよう
    1. 両立の要となる「主治医」と「職場」への相談
    2. 話し合いを支える相談先
    3. 医療と職場の架け橋「両立支援コーディネーター」

治療と仕事の両立の現状とこれから

通院しながら働く人は40%以上

診断を受けたとき、「もう仕事は続けられないかもしれない」と感じる方は少なくありません。しかし、実際の数字を見ると、少し違う景色が見えてきます。厚生労働省 2022年国民生活基礎調査(2023年7月)によると、何らかの疾患により通院しながら働く人は、2,326万人。働く人全体に占める割合は、実に40.6%にのぼります。つまり、職場の同僚や上司を見渡せば、10人に4人は何らかの通院しながら仕事を続けているともいえます。病気を抱えながら働くことは、決して特別なことではないのです。

退職を選んだ人は、早期に退職を決めている

一方で、病気の診断をきっかけに退職を選ぶ人が多いのも現実です。注目したいのが、退職を選んだ時期です。独立行政法人 労働政策研究・研修機構による「治療と仕事の両立に関する実態調査(患者WEB調査)」(2024年3月)によると、「診断確定時」や「最初の治療中」など、本格的な治療の成果が出る前の段階で56.5%もの人が退職を決めています。病状がどう推移するか、治療がどれほど体に影響するか、まだわからない段階で「退職」という重大な決断をしてしまっているのが現状です。

同調査の「疾病を理由に退職した理由」を見ると、制度的・心理的な要因が大きく関係していることがわかります。

仕事を辞めない選択肢がある

これらの退職理由、実は適切な制度を使うことで退職せずに済んだ可能性があります。

たとえば、「自信がなくなった」「治療に専念したい」といった声です。この場合、まずは「病気休職」という選択肢があります。職場の休職制度を使って一時的に治療に専念し、回復後に職場復帰する方法です。

「両立できる就業形態がなかった」という回答の割合も多くありますが、治療と仕事の両立に使える制度は、この数年で大きく整備が進んでいます。「うちの職場にはない」と思っていても、交渉や申請によって利用できるケースも少なくありません。

会社もあなたに辞めて欲しくない

また、「迷惑をかけると思った」という退職理由も多くの割合を占めています。しかし実は会社側にとって、長年かけて育てた人材に離職されることは大きな痛手です。採用・教育にかかるコストを考えれば、治療しながら働き続けてもらう方が、会社にとってもプラスになるという認識が広がっています。

こうした現状を受け、「治療と仕事の両立支援」が2026年4月より努力義務化されました。これは、病気を抱える従業員に対して、働き続けられる環境を企業が整えるよう、社会全体で後押しする仕組みです。「迷惑をかける」という遠慮は、必ずしも的確な判断とは言えないのです。

モデルケースで学ぶ「両立」への道のり

病気の診断を受けてから職場復帰を果たすまで、具体的にどのようなステップを踏めばよいのでしょうか。ここでは、モデルケースを通して、専門機関の力を借りながら職場環境を変え、無理のない働き方を手に入れたプロセスを見ていきましょう。

大腸がん治療から職場復帰を果たしたA子さんの場合

正社員として働くA子さん(45歳)は、健康診断をきっかけに大腸がんが判明しました。入院し、切除手術は無事に成功。抗がん剤治療が始まりましたが、思っていた以上に副作用が強く、今までのように働き続けるのが難しくなってしまいました。

「もうしばらく治療に専念したいけど、生活費と医療費が心配。」そう思ったA子さんは、病院の医療福祉相談室にいる医療ソーシャルワーカーに相談しました。結果、高額療養費制度を使うことで、医療費は心配していたほどかからないことがわかりました。また、休職中には傷病手当金が受け取れることがわかり、当面の生活費の目途が立ちました。主治医とも相談し、体調と治療のペースが落ち着くまで休職を続けることになりました。

次に、地域産業保健センター(通称「地さんぽ」)に復帰後の働き方を相談しました。担当の両立支援コーディネーターと状況を整理し、会社に現状と、「無理のない働き方で、今の仕事を続けたい」という正直な気持ちを伝えました。

当初、社内には十分な制度が整っていませんでしたが、地さんぽと産業保健総合支援センター(通称「さんぽセンター」)の連携のもと、専門スタッフが会社を訪問。制度導入のアドバイスを実施した結果、会社側も前向きに検討を始め、新たに「病気休暇制度」と「短時間勤務制度」が導入されることになったのです。

休職から半年後、副作用の現れ方や体調の波がつかめてきたタイミングで、短時間勤務制度を活用して復職。現在は、病気休暇を利用して定期的な通院や治療を続けながら、これまでのキャリアを活かして活躍しています。

※本事例は複数の事例をもとに構成したモデルケースです。

※モデルケースに登場した相談先や制度は、この後の章で紹介します。

事例からヒントを得られる

今回のモデルケースでは、診断後に複数の専門家に相談することで道が開けていきました。

厚生労働省の「治療と仕事の両立支援ナビ」などのWebサイトにも、さまざまな病気を抱えながら働く人の事例や、企業がどのような配慮を行ったかが豊富に掲載されています。自分がどのような制度・配慮があれば働けるかを考えるときの参考にしてください。

無理のない両立を叶える!治療と仕事の両立を支える制度一覧

治療と仕事の両立を助けてくれる制度を具体的に確認していきましょう。

なお、自分の職場にどのような制度があるかは、職場の就業規則で確認できます。職場に必要な制度がない場合は、担当者と調整を進めていくことになります。

治療に専念する時間をつくる「休職・休暇制度」

まずは、仕事を休むための制度です。まとまった休みを取る場合や、働きながら通院するとき、一時的に悪化して体調が優れないときに活用できます。職場によって制度の有無、名称、内容は違います。

病気休職

まとまった休みを取って治療に専念したいときの制度です。

時間単位年休

年次有給休暇を、「通院のために2時間」といった時間単位の形で取ることができます。

病気休暇・通院休暇

年次有給休暇とは別に、病気療養や通院のために取得できる制度を設けている企業もあります。

身体の負担を減らす「働き方」の制度

「現在のフルタイム勤務は難しいが、短時間なら働ける」「通勤が難しいが、在宅勤務なら働ける」など、働き方を調整すれば無理なく働き続けられる場合には、以下のような制度の活用が考えられます。

短時間勤務制度

勤務時間を短くできる制度です。正社員の身分のまま、1日の勤務時間を6時間など無理のない時間に減らす「短時間正社員」という働き方もあります。

フレックスタイム制度

決められた期間(1ヶ月など)の中での総労働時間が決まっており、⽇々の始業・終業時刻、労働時間を自分で調整できる制度です。「午前中は通院して午後から働く」「体調が良い日に長めに働く」「必要な休憩を取る」といった調整がしやすくなります。

時差出勤制度

出勤や退勤の時刻を調整できる制度です。通勤ラッシュを避けたり、体調が良い時間に働いたりできます。

在宅勤務(テレワーク)

出社せずに自宅で働くことができる制度です。通勤による身体的な疲労は、治療中の方にとって想像以上に大きな負担となります。移動時間をカットし、体力を温存することで業務に集中できます。

治療費や収入減の不安を安心に変える「お金の制度」

治療が長引くほど、経済的な不安は重くのしかかります。公的なサポートを正しく知ることで、焦って「稼がなければ」と無理をすることを防げます。

傷病手当金

病気やけがで仕事を休み、給与が支払われない場合に、健康保険から支給される手当です。金額は、毎月の給料のおよそ2/3です。支給期間は通算1年6ヶ月で、休業と復職を繰り返すような状況でも柔軟に活用できる仕組みに改善されました。

障害年金

病気やけがによって、生活や仕事に制限が出る状態が続く場合に支給される年金です。原則、初診日から1年6ヶ月経過してからが対象です。

高額療養費制度、難病医療費助成

医療費の自己負担額が一定の基準を超えた場合、その超過分が払い戻される制度です。高額療養費制度は、年収条件や年間上限額などの見直しが予定されています。

難病医療費助成、心身障害者医療費助成

難病や身体障害、精神障害などで基準に当てはまった場合にも、医療費の助成が受けられる場合があります。

治療と仕事の両立に向けたスムーズな相談のために専門家を活用しよう

両立の要となる「主治医」と「職場」への相談

治療と仕事の両立を考えるとき、必ず関わることになる相談先が2つあります。主治医と、職場の人事担当者です。この二者との対話が、治療と仕事の両立の土台となります。

主治医

主治医は治療方針を決める上で、患者の生活状況や仕事への意欲をとても重要な情報として必要としています。「仕事を続けながら治療したい」という意思を伝えておくことで、通院スケジュールや治療の組み立て方が変わることもあります。

また、職場に提出する主治医意見書の作成も主治医にお願いすることになるため、日頃から就労における希望を共有しておくことが大切です。

人事担当者・産業医

制度を活用したい際の直接の窓口です。また、一定規模以上の職場には産業医がおり、相談できます。

企業側の「治療と仕事の両立支援」は、支援を必要とする本人が自身の状況を伝え、「相談したいと申し出る」ところから始まります。従業員からの相談がない限り、具体的な配慮を検討することが難しいためです。

話し合いを支える相談先

主治医や職場に適切に情報を伝えたり、交渉したりすることに不安や難しさを感じる方は少なくありません。そこで活用したいのが、以下の相談先です。

医療ソーシャルワーカー(MSW)

病院にいる相談支援の専門職で、医療費の支払いや公的制度の申請、就労との両立などについて相談できます。診察時間内では主治医に伝えきれない思いをくみとり、医師への橋渡しをしてくれる心強い存在です。

地域産業保健センター(地さんぽ)

専門スタッフが両立支援の相談に乗ってくれるほか、必要に応じて職場を訪問し、企業内の体制づくりや制度整備のアドバイスを無料で行ってくれます。企業側が「どう対応すればいいかわからない」と困っている場合にも有効な窓口です。

ハローワークの専門窓口

「長期療養者職業相談窓口」や「難病患者就職サポーター」が配置されています。今の職場での継続が難しい場合に、治療と両立しやすい仕事への転職や、自分に合った働き方を探す際に活用できます。

医療と職場の架け橋「両立支援コーディネーター」

近年、養成が進められているのが「両立支援コーディネーター」の存在です。患者(労働者)に寄り添いながら相談支援を実施し、患者(労働者)、医療機関、職場の三者の円滑なコミュニケーションをサポートする役割を担っています。

「職場に病状をどう伝えればいいかわからない」「主治医に仕事の内容をうまく説明できない」といった悩みは多いものです。コーディネーターは、早期の段階から継続的に関わり、情報を整理して、あなたに最適な「両立支援プラン」の実現をサポートします。

両立支援コーディネーターは、病院の相談窓口や地域産業保健センター(地さんぽ)などの現場に増えています。相談することで、強力なサポーターとなってくれるはずです。

病気があっても、さまざまな制度を使い無理なく働き続けることが可能な時代になっています。工夫して仕事を続ける選択肢はないか、相談先をうまく使いながら、まずは一度考えてみてください。